調査事例 人探し調査

依頼者様 Yさん(78才)女性佐世保市在住
調査対象者息子さん(45才)

ステップ①面談
●37年前、Yさんの一人息子さん一人息子さんが8才の時、米軍佐世保基地の教官であったご主人さんと離婚され、息子さんはご主人と共にアメリカに帰国された。
●Yさんはその後長崎県、佐賀県でお一人で暮らし、本業の仕事が終わると淋しさを紛らわす意味もあってアルバイトまでされ、何もしてあげられなかった息子さんに「いつか会うことが出来れば」という思いで過ごされていた。
●Yさんは昨年秋に病気のため入院され、お話の内容から何となくあまり良い状態ではな様印象を受けました。
●離婚された元夫はロサンゼルスで再婚され、その後はあまり連絡もとれなくなり、息子さんの状況もほとんど入らないという状況になったとの事。
●Yさんは当時の知り合い、関係者の方から息子さんの状況をいろと耳にされ、航空会社に勤務され現在はハワイ州のほうにいるのではなかとう事であった。
●Yさんの望みとしては
①息子さんの状況を知りたい。
②許されるのであば、一目でも会いた。
③会うことが無理であれば電話ででも話がしたい。
という事でした。
●親子の絆、母性には計り知れない力があると信じ、ハワイの航空会社という情報にかけてみるという思いで受任する。

ステップ②調査委任契約の締結
●出発に先立ちYさんから、もし息子さんに会えたら渡して欲しいと家族3人の写真と封筒入りの手紙と現金を預かる。預かる。

ステップ③事前調査・準備
●ハワイ州には航空会社が6社あること、その所在地を把握する。
●現地で本案件の事情を理解していただける協力者としてホノルル在住の日系人通訳、ガイドとしてTさんを予約する。

ステップ④調査開始(現地入り)
◆初日は宿泊しているホテルから1番近いH社を訪問する。Tさんの通訳により広報の責任者に話を聞いていただき、関係会社を含めた名簿まで確認していただきましたが該当する名前はないとのことでした。
◆次にAR社を訪問するも残念ながら該当なし。
◆2日目はM社を訪れる。受付でかなり警戒され困難を極めたがTさんの力で応接室に通され責任者と話をすることができた。結果、なんと!息子さんの名前と一致する人物がいるとのこと。責任者はすぐに会わせることは出来ないが、「本人の了解があれば連絡を入れる」との言葉をいただき、期待に胸弾ませながらTさんとM社を後にする。
◆今か今かと電話を待つこと3時間余り、Tさんの携帯が鳴り責任者の弾んだ大きな声が携帯からもれ聞こえる。Tさんが携帯で話をしながら笑顔でOKサイン。
◆諸事情を話した上で息子さんと同一の名前、年齢の人物と会えるということはまず息子さんに間違いないのではないかと期待しつつM社に向かう。
◆再びM社を訪れると責任者と長身の男性が迎えてくれる。表情がなんとなくお母さんと似ていると感じました。挨拶をすませ話を切り出そうとしたところ、その長身の男性のほうから、母親の名前をはっきりと告げ、そして「お母さんはどこにいますか?」「元気ですか?」と早口で聞いてきた。住んでいた佐世保の地名も覚えていた。良かった息子さんに間違いない!緊張していたのか全身の力が抜けていくような感覚でした。
◆そういったやりとりの中でお母さんから預かった家族3人の写真を息子さんに渡しました。息子さんは当時を思い出したのか興奮ぎみに大きな声で何か喋っていました。
◆息子さんの話では父親は6年前に亡くなり、父親は生前お母さんの話をあまりしたがらないという事で、お母さんの話は聞きずらかったという事でした。しかし息子さんは「お母さんはどうしているのだろう?」という思いはずっと持っていたとの事です。お母さんの病気の事を話すのは断腸の思いではありましたが伝えない訳にはいかず話をしました。息子さんは下を向き、無言で話を聞いていました。涙をこらえているようにも見えました。ここでお母さんから預かった手紙と現金入りの封筒を手渡した。息子さんは手紙の内容をTさんから聞きながら今まで押さえていた感情が押さえきれなくなった様子で人目をはばからず号泣されていました。手紙の内容は「身体に気をつけて元気で頑張って下さい。わずかなお金ですが美味しいものでも食べて下さい」というような内容でした。同席しているM社の責任者、Tさん、私もハンカチを取り出さずにはいられない状況になりました。
◆息子さんはこのお金は奥さんと子供さん2人「家族4人でお母さんに会いに行く費用にする」との事でした。
◆その事をお母さんに伝える事と、来日された時には病院まで案内をする事を息子さんと約束し、何とも言えない熱い思いの余韻を感じながらTさんと共に会社を後にしました。
◆その後、Tさんのお陰で今回のミッションの目的が達せられた事に感謝の意を込めて食事に誘い、今回の協力についてのお礼を述べました。Tさんは「ヒューマニズムは世界中何処でも同じ、思いは一緒。私も家族の事を考えるいい経験になった」と逆に感謝の意を表されました。
◆Tさんは翌日の便で帰国の途に着く私をわざわざ空港まで見送りに来てくれました。Tさんとは今度は日本での再会を約束しお別れしました。

ステップ⑤帰国後
◆お母さんに一刻も早く伝えたという思いで佐世保に向かう。
◆入院されている病院に到着。
◆深呼吸をして気持ちを落ち着かせて病室に入る。
◆お母さんは顔を合わせた瞬間びっくりされた様子であったが気を持たせてはいけないと思い、私の方から挨拶に続いて「息子さんお元気でしたよ」と伝えました。
◆息子さんとの約束どおり近況と、「家族4人でお母さんに会いに行きたい」という息子さんの気持ちを伝える。
◆お母さんは息子さんと会った時の様子を細かく聞かれました。
◆お母さんは息子さんが元気で過ごされているという事と、息子さんの「お母さんに会いたい」という思いを知り涙され、何度も感謝の意を述べられ恐縮しました。
◆息子さん家族が来日された時は必ずお母さんの所へお連れする事を約束し病院を後にしました。まさに「親思う心にまさる親心」日々の繁事に紛れ、とかく忘れがちな「親子のきずな」「家族の大切さ」を改めて考える機会をいただいた忘れる事の出来ない貴重な案件となりました。